The Life Records Of Zeronicle

生きた記録をここに残す。とかっこよくいっていますが、ただの日記です。

【怪談】迷惑な爺さんと黒ずくめの老人

朝の通勤電車でやばい爺さんがいたので、その爺さんをモチーフに話を作ってみました。 協力してくれたのはGeminiさんです。感謝。

迷惑な爺さんと黒ずくめの老人

謎の老人の忠告

朝の7時前。都会の血管を流れる血液のように、人々がひしめき合う通勤電車。その淀んだ空気の中に、岩国巌(いわくに いわお)という男はいた。60代も後半に差し掛かり、土木作業の仕事で刻まれた皺が、その気難しい表情を一層険しいものにしていた。

「チッ、まだ着かねえのか!」

電車が駅に停車するたび、岩国は大きな舌打ちとともに毒づいた。ぎゅうぎゅう詰めの車内で、彼の周りだけが不快な空気に澱んでいる。だが、彼の怒りは収まらない。いら立ちが頂点に達すると、目の前のドアをガン、ガン、と拳で叩き始めた。

「はやくしろ!このぼろ電車が!」

金属が鈍く鳴る。周囲の乗客たちは、まるで腫れ物に触るかのように彼から視線を逸らし、見て見ぬふりをするのが常だった。それが岩国をさらに増長させた。自分が世界の中心で、自分の時間だけが重要だと信じて疑わなかったのだ。

そんなある日のこと。いつものように岩国がドアを叩き、怒鳴り散らしていると、不意に肩をポン、と軽く叩かれた。振り返ると、そこに一人の老人が立っていた。背筋は驚くほど伸び、全身を喪服のような黒ずくめの衣服で覆っている。顔には深い影が落ち、その表情を窺い知ることはできない。まるで、この世の者とは思えぬ静謐な気配をまとっていた。年齢は岩国よりもさらに上に見える。

「すみませんな。そのように扉を叩くのはおやめなされ。……大変なことになりますぞ。」

静かだが、腹の底に響くような声だった。岩国は一瞬、その異様な雰囲気に言葉を失ったが、すぐにいつもの癇癪が頭をもたげた。

「あぁ!?なんだおめぇは!うるせぇんだよ、ジジイ!」

そう吐き捨てると、岩国は再びこれまで以上に強くドアをガン!ガン!と叩き始めた。老人は何も言わず、ただそこに佇んでいる。

「……そうですか。」

ふっと、諦めたような、あるいは何かを悟ったような声が耳朶を撫でた。そしてほんの一瞬。瞬きをしたその一瞬で、老人は姿を消していた。乗り降りの客に紛れたわけではない。まるで、初めからそこに誰もいなかったかのように、忽然と。

岩国は一瞬、狐につままれたような顔をしたが、「気味の悪ぃジジイだ」と小さく悪態をついただけだった。そして、その日を境に、岩国の身の回りで奇妙なことが起こり始めたのだ。

異変

最初の異変は、その日の帰り道だった。いつものように電車に乗り込むと、やけに車内が静かなことに気づいた。満員であるはずなのに、人々の話し声も、スマートフォンの操作音も、何も聞こえない。ただ、ゴトン、ゴトン、という車輪の音だけが、不気味に大きく響いている。そして、その音に混じって、微かに何かが聞こえるのだ。

―――はやくしろ―――ぼろでんしゃが―――

自分の声だ。自分が今朝、吐き捨てた暴言が、電車の走行音に重なって聞こえてくる。岩国は耳を塞いだが、音は頭の中に直接響いてくるようだった。

家に帰っても、怪異は続いた。誰もいないはずの部屋のドアが、夜中にガン、ガン、と叩かれる。最初は隣人の物音かと思った。だが、その音は明らかに内側から、自分の部屋のドアを叩いている音だった。飛び起きてドアを開けても、そこには暗い廊下が続いているだけ。

翌朝、寝不足で重い体を引きずり、岩国は駅のホームに立った。電車が滑り込んでくる。その先頭車両の窓に、一瞬、黒い人影が見えた。あの老人だ。ただ、こちらをじっと見つめて立っていた。ほんの一瞬だったが、かなり鮮明にあの老人がじっと見ている姿が脳裏に刻まれた。

電車に乗り込むと、昨日よりも幻聴は酷くなっていた。走行音は完全に自分の暴言に置き換わり、頭の中で無限に反響している。ふと顔を上げると、向かいの窓に映る自分の顔が、苦痛に歪んでいた。その肩の後ろに、ぼうっと黒い影が立っている。あの老人だ。だが、振り返っても誰もいない。窓の中だけに、その姿はあった。

恐怖に駆られた岩国は、次の駅で転がるように電車を降りた。息が切れ、心臓が早鐘を打っている。ホームのベンチに座り込み、頭を抱えた。

「なんなんだ……いったい、なんなんだ……!」

その日から岩国に様々な現象が襲い掛かった。ホームに立つだけで、あの黒い老人の幻影がちらつく。線路の向こうに、隣の車両に、そして時にはすぐ背後に。電車のドアが開くたび、中から無数の白い手が伸びてくる幻覚を見た。乗客全員が、能面のような無表情で自分を見つめているように感じた。

迫る恐怖

やがて電車に乗ることができなくなった岩国は、仕事に行けなくなった。土木作業の現場は駅から遠い。電車を使わなければ通勤は不可能だった。日銭を稼ぐ術を失い、岩国はみるみるうちに困窮していった。 そして彼は家に引きこもるようになった。だが、安息の地であるはずの自宅も、もはや安全とは言えなくなった。

ゴトン……ガタン……ゴトン……

夜になると、家全体がゆっくりと揺れ始めるのだ。窓の外を見ても、景色は変わらない。だが、体感として、家が線路の上を走っているような、あの独特の振動を感じる。耳元では絶えず、「はやくしろ、ぼろでんしゃが」という自分の声と、金属を叩く音が鳴り響いている。

耐えきれなくなった岩国は、玄関のドアを開けて外へ逃げ出そうとした。だが、ドアノブに手をかけ、力を込めて開いた先は―――見慣れたアパートの廊下ではなかった。

そこは、薄暗い電車の連結部だった。

「ひっ……!」

慌ててドアを閉め、今度は台所の窓を開ける。しかし、窓の外に広がっていたのは、猛スピードで後ろへ流れていく、見知らぬ街の夜景だった。

リビングも、寝室も、トイレも、風呂場も。家の中のすべてのドアと窓は、別の「車両」へと繋がっていた。ガタン、ゴトン、という揺れは、もはや現実のものとなっていた。家そのものが、一つの巨大な「電車」と化してしまったのだ。

「ど、どうなってんだ?」

途方に暮れ、リビングの床に座り込む岩国の耳に、いつか聞いた、あの静かな声が響いた。

終着点

「まもなく、終点……まもなく、終点にございます。」

声のした方を見ると、誰もいなかったはずの部屋の隅に、あの黒ずくめの老人が車掌のようにすっくと立っていた。その顔は、やはり深い影に覆われていて見えない。

「終点……?なにいってんだ?」

岩国が叫ぶと、老人はゆっくりと首を横に振った。

「この家はあなただけの電車です。あなたが望んだ、『ぼろ電車』。そしてこの電車はあなたの人生の終着点へ向かっているのですよ…。」

その言葉を最後に、老人の姿はすぅっと闇に溶けて消えた。

残されたのは、ゴトン、ガタン、という走行音と、金属を叩く自分の声の幻聴。そして、岩国の人生の終着点へと向かう「家」という名の電車の中を、たった一人、彷徨い続ける岩国巌の姿だけだった。

やがて、岩国の『家』という名の電車がスピードを落とす。

岩国巌の人生の終着点が近づいていることを意味していた。

ここまで読んでくださりありがとうございました!では!

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