ゼロニクルの実験室

3兄弟の父が子育て・ダイエット・生活改善を本気で検証

【子育て・育児】「育てられる気がしない」と諦めてしまう理由について考察してみる

本ページはプロモーションが含まれています

子どもは欲しいけれど、育てられる気がしないと諦めてしまう人も多いのではないでしょうか?

我が家には3人の男の子がいます。
毎日とても賑やかな彼らですが、時折以下のようなことが起きてしまいます。

長男のキー坊(7歳)は習い事への送迎が必要な時間。
でも、次男のスー坊(5歳)は熱を出してぐったり寝込んでいる。
そして三男のカー坊(3歳)は、そんなことお構いなしに家の中で元気を持て余して走り回っている……。

こういうときは、妻と二人で子供たちをどうするか?と話し合います。
幸いなことに、私たちの場合は近くに頼れる祖父母がいるため、最悪の「詰み」の状況は回避できています。
私がキー坊の習い事に同伴、妻が看病、祖父母がカー坊の相手をする…という風に。

でも、ふと思うのです。
「もし、私たち夫婦のほかに誰も頼れる人がいなかったら、どうなっていたんだろう?」と。

想像するだけで、背筋が凍る思いがします。
子どもは文句なしに可愛いです。でも、親2人だけでこれを回し続けると、かなりの労力が必要になりますよね。

世間では「少子化対策=お金の問題」として語られることが多いですよね。
児童手当の拡充や教育費の無償化など、たしかにお金は重要です。しかし、お金さえあれば、みんな喜んで子どもを産むのでしょうか?

私は、少し違う気がしています。 今の日本で少子化が止まらない本当の理由は、「子どもを育てきれる気がしない」という、親たちの切実なSOSにあるのではないでしょうか。

今回は「ゼロニクルの実験室」の社会考察として、少子化の根本的な原因と、親を追い詰める社会のバグについて言語化してみたいと思います。

【この記事で分かること】

  • 少子化の本当の理由が「お金」だけではない理由
  • 今の育児環境がいかに「親2人」に負荷を集中させているか
  • 疲労とイライラは「愛情不足」ではなく「キャパオーバーのサイン」であること
  • どうすれば安心して子育てができる社会になるのか(次回の解決編へ)

■追記
後編を投稿しました

zeronicle.com

少子化って、本当に「お金」だけの問題だろうか

少子化対策のニュースを見ると、必ずと言っていいほど「お金」の話になります。
児童手当の所得制限撤廃、高校無償化、出産育児一時金の増額……。
もちろん、これらはとてもありがたい制度ですし、経済的な不安が子育てのハードルになっているのは間違いありません。

でも私は、「お金さえあれば、本当に少子化は解決するのだろうか」と考えてしまうのです。

もちろん産むという方もいるでしょうが、躊躇する方も多いのではないでしょうか。
なぜなら、お金で解決できるのは「生活費」や「教育費」であって、「日々の育児の過酷さ」や「親の心の余裕のなさ」までは解決してくれないからです。

「子どもが嫌い」なのではなく、「育てられる気がしない」

今の若い世代が子どもを持たない選択をする時、決して「子どもが嫌いだから」という理由だけではありません。

「産まない」のか、「産めない」のか

「産まない」という言葉には、自発的な選択のニュアンスが含まれます。
でも実際には、仕事のプレッシャーや、日々の生活を回すだけで精一杯な現状を見て、「これ以上タスクが増えたら自分は壊れてしまう」「だから産めない」と感じている人が多いのではないでしょうか。

今の時代、ネットを開けば「育児のリアル」が溢れています。
夜泣きで眠れない日々、イヤイヤ期の大変さ、保活の厳しさ。
それらを知った上で、「自分にこの激務を何年もこなせる自信がない」と立ち止まってしまうのは、むしろ真面目で責任感が強いからこそだと思います。

少子化の理由を単純化しすぎてはいけない

だからこそ、少子化の理由を「若者にお金がないからだ」「個人の価値観が多様化したからだ」と単純化して終わらせてはいけません。
根本にあるのは、「今の社会の仕組みのままでは、親に求められる負荷が高すぎる」という構造的な問題なのです。
これは、親個人の努力では解決しきれない“社会のバグ”なのかもしれません。

今の子育ては、親2人に負荷が集中しすぎている

では、なぜそこまで育児の負荷が高くなってしまったのでしょうか。

昔は“周囲”が育児を分担していた

よく「昔の親はたくさん子どもを産んで、自分たちだけで育てていた」と言う人がいます。
しかし、それは大きな誤解です。昔は、祖父母と同居していたり、近所の人が子どもの面倒を見てくれたりと、物理的に「大人の目と手」がたくさんありました。
つまり、地域というコミュニティ全体で育児の負荷を分散していたのです。

核家族化で「逃げ場」が減った

今はどうでしょうか。
核家族化が進み、マンションの隣の人の顔も知らないことが珍しくありません。
育児の全責任と実務が、「親2人だけ」に重くのしかかっています。さらに共働きが主流となり、仕事・家事・育児という3つの重たい歯車を、休むことなく回し続けなければならない状況です。

疲弊とイライラは、親の「愛情不足」ではなく「キャパオーバー」

そんなギリギリの状態で毎日を回していると、どうなるか。
人は疲れると、当然ながら心から「余裕」が消え失せます。

外で用事や仕事を済ませて、やっとの思いで家に帰ってきた瞬間。
そこには進んでいない家事の数々や、「やり忘れていること」の山。
それを見た途端、張り詰めていた糸がプツンと切れて、ついイライラして子どもやパートナーにきつく当たってしまう。

そして夜、寝顔を見ながら「なんであんなに怒ってしまったんだろう」と自己嫌悪に陥る……。

これは、親の愛情が足りないからではありません。単なる「キャパオーバー」です。
気合いや根性といった個人の努力で乗り切れるラインを、とっくに超えているのです。

もしこんな時、家政婦さんが夕食の仕込みだけでも終わらせてくれていたら。
もしシッターさんが、帰宅までの少しの間だけでも、子どもと全力で遊んでくれていたら。
それだけで、親はどれほど救われるでしょうか。

今の育児は、誰か1人が体調を崩した瞬間に、一気に回らなくなる危うさがあります。

少子化を本気で食い止めたいのなら、親に「頑張れ」と精神論を押し付けるのではなく、物理的に休める仕組みや、安心して頼れる環境が必要です。

後編はこちら

zeronicle.com